vol.10 ●Pan Panがなくなる日
ニューヨークの町は、京都と同じく、碁盤の目のようになっている。
ハーレムでもそれは同じで、観光地などと同じ感覚で歩けるのだが、5th Ave.より東になると
通りの名前が急に変わるのが面白い。
例えば、6th Ave,はレノックス・アベニュー。またの名をマルコムXブルバード。7th
Ave.にあたるのが、アダム・クレイトン・パウエル・ジュニア・ブルバード。8th Ave.はフレデリック・ダグラス・ブルバードなどなど。まるで英語の翻訳のように、一度頭のなかで通りを訳して、自分の位置を確かめる、慣れるまではそれをくりかえすことになる。
そんなハーレムの一角に、気軽に入れるソウルフードレストランがあった。
ちょうどレノックスアベニューと135丁目の南東角。地下鉄の2・3ラインの135丁目駅から地上にあがると、すぐそばに青いフードを掲げた店が見えた。ここは、なんと30年前から営業し、ハーレムの歴史をじっと眺めてきた店だ。角向いにはショーンバーグ黒人文化研究センターやハーレム病院があって、人通りが絶えないエリアにあるし、なによりここのワッフルやフライドチキンを愛しているハーレマイトが沢山いた。
私が初めてこの店に入ったのは、ハーレム在住の堂本かおるさんが主催する「ハーレムウォーキングツアー」に参加した日のこと。ツアー終了後に、お茶でもしましょうか、ということになり、連れて行っていただいた。私自身、ハーレム滞在3日目。たっぷり街中を歩き回って目で楽しんだこの街を、今度はおなかで観光するチャンス! 早速店に乗り込んだ。
時間はちょうど遅めのランチどき。
シンプルな店の中は、おばあちゃんから若者から、いろんな人でごった返している。
私達は壁にコートをかけて、カウンターに座り、ソウルフードのセットメニューをオーダーした。
堂本さんはここの常連。コーヒーを飲む姿もぐっとこなれた感じで、店のお姉さんとも親しくお話をしていた。私はといえば、すでに興奮気味。歩き回った分、心地よい疲れと空腹感。コーヒーのアロマやフライドチキンのこうばしい香りが店の中を包み、それが食欲を刺激する。
そして運ばれてきたのは、極上のソウルフード!
カラードグリーン、マカロニチーズ、ハンバーグのようなもの(名前が思い出せず・・・)、コーンブレッドなどがセットになっていて、手ごろな値段にもかかわらず、本当においしい!
ウエイトレスのお姉さんや店で働く人たちのムードが本当にアットホームで、ニコニコしていて、
ここで働くことが大好きです、というような、そんな愛着にあふれているように見えた。
その空気は、来る人々をも包みこみ、
誰もがいつでも店の仲間になれる、そんな温かみを感じさせた。
12月のハーレムだから、当然暖房は聞いているけれど、そこに集まる人たちや働く人が出す空気みたいなものが、暖かく居心地のいい空間を作っている。それが30年という重みなのだろうか。
あれから3年の今日、11月10日深夜1:00頃。
Pan Panはあっけなくその姿を消してしまった。
地下の厨房から火が出て、全焼。 あのブルーのフードは炎で燃え尽き、扉のガラスも割れている。堂本さんの情報によると、店を愛していた地元の人々は、深夜にもかかわらずPanPanの前まで皆急いだそうだ。また、オーナーのベン氏は、歩道にもテーブルを置いてサイドウォークカフェに改装しようと考えていたらしく、その矢先の出来事だという。
ハーレムの魂がまたひとつなくなった。
再開発で新しいハーレムに生まれ変わるという変動が、今起こっているけれど、出火という結末で30年の歴史がいったん閉じてしまうのは、とても寂しい。
明日から、あそこへ通いつめていた人々は、どこへおいしいご飯を食べにいくのだろう。
またいつか、同じ場所に復活しますように。
そして、また、私の空腹を癒してくれますように。